イノベーティブな組織を作ろう!~『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』  山口 周 著④~

本の紹介

おはようございます。あっぺいです。

今週は山口周さんの『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』をご紹介していきます。

山口さんの本は何冊か読んでいますが、教養、知的生産物をテーマにしたものが多く、私が仕事をする上でも非常に参考になっています。

今週ご紹介する『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』もその一つです。本書は「イノベーションを生み出すのは個人ではなく、組織である」ということを分かりやすく教えてくれます。

1日目は、「イノベーションとは何か」「日本が生み出してきたイノベーション」について羅生門、螺鈿細工、工学などの具体例をとりあげてご紹介しました。1日目のポイントは以下の3点です。

  • イノベーション=既存のものに新しい考えや技術を取り入れ、新たな価値を与えること
  • 「日本人がイノベーションを生み出すのが苦手」というのは誤解
  • 日本人は自国の魅力に気づかず、海外の劣化コピーを作りがちになる

2日目は「どのような経緯でイノベーションが生まれるか」についてリバプール、フィレンツェ、ダーウィン、戦後日本の自動車産業などの具体例を挙げてご紹介しました。

  • 異なる文化が交差する場所でイノベーションが生まれる
  • 様々な個性を持った人物が集まる場所でイノベーションが生まれる
  • 新参者と若者だけがパラダイムシフトを起こすことができる
  • 「既存の理論や技術」×「新参者の理論や技術」=イノベーション

3日目は「イノベーションを生み出せない危険な組織」についてご紹介しました。

「大韓航空801便の事故」と「オランダの心理学者であるヘールト・ホフステードの研究」を取り上げて「権力者に意見を言いづらい環境では生産性が落ち、重大なミスが発生しやすい」という事例をご紹介しました。

  • 日本や韓国には、目上の人間に反論をしにくい、という文化的背景がある
  • 日本や韓国の組織では、部下が上司のミスを指摘できないため、それが損失に直結してしまう
  • 日本や韓国の組織では、若者や新参者が意見を言いにくいため、イノベーションが生まれない

さて、4日目の今日はJ・F・ケネディの組織作りを例として、「イノベーティブな組織の作り方」についてご紹介します。

ケネディの失敗と成功

1961年に史上最年少の43歳で大統領となったケネディ大統領。

任期1年目に起こったピッグス湾事件で大統領としては失敗を犯してしまいます。しかし、その翌年に起こったキューバ危機では素晴らしい政治力で核戦争を回避しました。

面白いのは、この2つの出来事において、ケネディも、彼が組織した委員会のメンバーに変化がなかったということです。

つまり、組織の構成メンバーの能力ではなく、「議論の進め方」によって組織が行う意思決定のクオリティが変化するということです。

では、ピッグス湾事件とキューバ危機で何が違ったのか、詳しく見ていきましょう。

ピッグス湾事件

ケネディが大統領に就任した直後、CIAのアレン・ダレス長官から、アイゼンハワー前大統領時代から進められていた極秘プロジェクトのプレゼンテーションを受けます。

それは「CIAに訓練された亡命キューバ人1400人をキューバに送りこみ、革命を起こしてカストロ政権を打倒する」というプロジェクトでした。

この計画に対してケネディは強い懸念を抱きます。この計画を審議するために、ケネディは最初のホワイトハウス会議を招集します。その会議での予測は「アメリカによる軍事介入がなければ、亡命キューバ人を送りこんだところで計画を失敗する」というものでした。

その後も継続して閣議室で会議が開かれます。どの会議でもダレス長官を含めるCIA関係者は作戦の実行を強く主張します。会議では計画の実行に強い懸念を示す人間も多くいましたが、最終的にケネディはこの作戦を実施する決断をします。

結果として、反乱部隊はキューバに上陸した3日以内全滅しました。

人命の損失と言う点においても、新任大統領の評価という点においても、大惨事と言っていい結果です。

心理学者のアーヴィング・ジャニスはこの事件を分析し、失敗要因を4つに整理しました。

  1. 集団凝集性の高さ
  2. 外部からの孤立
  3. リーダーシップの弊害
  4. 問題解決のストレス

順番に見ていきいましょう。

集団凝集性の高さ

ケネディの委員会に参加した人々は、非常に優秀な人物ばかりでした。しかも、互いに親密な人間関係にありました。

しかし、「親密関係にある優秀な人物が委員会を組織する」というのは非常に危険なことです。

そのような集団の中では対立意見を述べたり、議論を戦わせにくい雰囲気が生まれてしまいます。

同調圧力によって議論が深まらないのです。

外部からの孤立

軍事作戦は機密保持が前提となります。

会議の過程が外部に公表されることがありません。

そうなることで、外部からのチェック機能が働かず、取得できる情報の質・量はどちらも悪化していしまいます。結果として意思決定のクオリティは低下します。

リーダーシップの弊害

ケネディは全ての会議に出席し、議論をリードしました。議題の選択も議論も進め方も彼によって決定されました。

ケネディは自分の意見をまず先に表明し、それに対する意見を聞いてから議論を進めるというスタイルを取りました。

その結果、会議の参加者は「まず大統領は何を言うだろうか?」という方に意識を向け、発言を控えるようになってしまったのです。

問題解決のストレス

この会議は国家の命運を左右する重大のものです。

会議に参加する人たちは相当のストレスを感じます。

重大な会議に参加する人は、そのストレスから逃れるために、早く意思決定をしようとする傾向があります。

そして、その意思決定を合理化するために、本質的な不安を無意識的に見過ごし、自分たちの意思決定の良い側面だけを見ようとします。

この「ピッグス湾事件」は今でもケネディ大統領の失策として評価されています。

しかし、その翌年に起こったキューバ危機では、ケネディは素晴らしい政治判断力を見せます。

いったい何が違ったのでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

キューバ危機

1962年10月16日の朝、ケネディ大統領の弟であるロバート・ケネディ司法長官から恐るべき情報が伝えられます。

それは「ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設中である」というものでした。

この瞬間からソ連とアメリカの間に緊張が高まり、核戦争が始まる寸前まで事態は進みます。

同日の11時46分からアメリカ政府の高官が緊急招集され、この後12日間ぶっ続けで会議を行い、基本方針が決定した後も6週間連日で会議を開くことになります。

この過程で、就任1年目にあったピッグス湾事件の失敗からの成長をケネディの行動から見ることができます。

このメンバーが対応策を協議するにあたって、ケネディ大統領はいくつかのルールを設定しました。最初に設定したのが、ケネディ大統領自身は会議に出席しないというものでした。 理由は「安全保障について深い知識と経験を持つ諸君の議論について、自分が影響を与えることのないよう、また特別に自分に気を使ってもらうことのないように」というものでした。結果的に、これは極めて賢明な判断でした。個性の強いこれらの人物も、ケネディ大統領が出席するとどうしても人柄を変えて大統領におもねるようになり、大統領にとって耳触りのいいと思われる前提で議論を組み立ててしまうことがしばしばあったのです。

出典:『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』  山口 周 著

自分が会議に出ないことで、会議に自分のリーダシップが影響するのを防ごうとしたのです。

この決断によって、会議の出席者はケネディの顔色をうかがうことなく、「自分が考えるベストな意見」を堂々と主張することができました。

次に大統領が指示したのが、会議中は通常の行政組織の序列や手続きを忘れてほしいということでした。大統領は、自分の管掌部門の代弁者として会議に参加することを禁じ、その代わりに「アメリカの国益を第一に考える懐疑的なゼネラリスト」になるように命じました。各自が自分の専門分野のみに発言を限定してしまい、自分よりも専門知識を持つと思われる人に対する反論を控えるような官僚的態度を戒め、アメリカの安全保障という全体問題に取り組むように指示しました。

出典:同書

ケネディは、「専門家ではなく、ゼネラリストであること」を会議の参加者に求めました。

ゼネラリストとは、広い視野で全体を見渡す役割です。

ピッグス湾事件の際は、会議のおいてCIAの専門用語が飛び交っていたそうです。「門外漢は理解をしなくて良い」というCIAの姿勢の現われです。これほど不毛な会議はありません。

全員が認識を共有できるよう、「専門家」としてではなく「ゼネラリスト」であることを会議の出席者に求めることで、意見を言う側も、聞く側も「自分以外のメンバーの意見を把握し、自分の意見を全体に伝えよう」という意識を持ちます。

また、ケネディは腹心である司法長官のロバート・ケネディと大統領顧問のセオドア・ソレンセンの二人に「悪魔の代弁者=わざと批判的に難癖をつける困った人」の役割を果たすように命じました。ケネディは、二人に、討議の最中で出された提案について、その弱点とリスクを見出し、それを自分と提案者に対して突きつけるよう求めたのです。

出典:同書

「悪魔の代弁者」は会議において重要な役割を果たします。

もともとはカトリック教会における審議の際に「人間の徳を神に伝える」立場ではなく「人間の至らなさを伝える」ために作られた役割です。

今では「同調圧力に屈せず、意図的に会議の流れに逆らった反対意見を述べる役割の人」のことを指します。

私も自分のチームで会議をする際にはチームのナンバー2に悪魔の代弁者の役を依頼しています。これによって、発言をしやすい雰囲気で会議を進めることができます。

特徴的だったのは、こういった提案と批判のやりとりの中で、各メンバーが極めて対等な立場で発言する態度を貫き通したことでした。資格や役職、専門領域に捉われることなく、合衆国の中で最も頭脳明晰でかつ愛国心に溢れる人々が「米国と世界にとってよりよい決断は何か?」という問いに対して全力で答えを出そうとしていたのです。皆に平等に発言の機会が与えられ、発言は全員の耳に入るよう配慮されていました。これは、階層が厳格な政府機関では極めて珍しいことでした。

出典:同書

目標設定の抽象度を高めたのです。

各組織の代表者が集まる会議において、自分が属する組織の利益を優先して発言する人も少なくありません。

しかし、そもそも組織とは抽象的理念(=目標)のためにつくられた手段にすぎません。

組織(手段)を優先してしまうのはナンセンスです。

「米国と世界にとってよりよい決断は何か」を考えることを目標としたことで、会議の参加者が皆同じ方向を向いて会議を進めることができます。

では、ピッグス湾事件失敗要因である以下の4点を「キューバ危機」でどのように改善したか見ていきましょう。

  1. 集団凝集性の高さ
  2. 外部からの孤立
  3. リーダーシップの弊害
  4. 問題解決のストレス

集団凝集性の高さ

ピッグス湾事件では会議に出席したメンバーの親密度が高く、反対意見を言いづらい雰囲気が支配していました。しかし、キューバ危機では専門家ではないメンバーが議論を引っかき回すことで、自然と意見が多く出るようになりました。専門用語が飛びだそうものなら「それはどういう意味なの?」とすぐ質問が出て議論が止まってしまいます。

できる限り全員が理解できるように言葉を選ぶことで、全員が会議に参加することができたのです。

外部からの孤立

ピッグス湾事件の際はキューバ政府と社会に精通している国務省のスタッフを参加させませんでした。

しかし、キューバ危機では例え位が低くても、キューバ情勢に詳しいスタッフを会議に参加させました。

これによってキューバに関する多くの情報が会議にもたらされました。

リーダーシップの弊害

ピッグス湾事件では全ての会議に参加し、議論を常にリードしたケネディでしたが、キューバ危機においてはそもそも会議に参加していません。

それによって会議では大統領の顔色を覗うような雰囲気は生まれず、皆が自分の考えるベストな意見を伝えることができました。

問題解決のストレス

キューバ危機もピッグス湾事件同様に国家の存亡に関わる重大な事案です。

しかしケネディはキューバ危機に際しては「意見が一致しなければ複数案出せば良い」と会議の参加者に求めました。

つまり、「意見の決定責任は全て自分が取る」という意思表明です。

会議の参加者は「発案」に意識を集中することができたため、心的ストレスはかなり軽減されました。

ケネディの成長から学べること

「ソ連がキューバにミサイル基地を建設中である」という情報がもたらされてから4日後の10月20日、ケネディはキューバの海上を封鎖する措置を取ることを決断します。

それによってソ連はキューバから核ミサイルを撤去することを決めます。

ケネディの成長によって世界の平和が保たれたと言っても過言ではありません。

さて、我々はここから何を学ぶことができるでしょうか。

筆者の山口さんはこう指摘します。

組織が行う意思決定のクオリティは、必ずしもリーダーやその構成員の思考力やリテラシーに左右されない。むしろ、その組織がどういうメンバーで構成され、どういう前提でもって議論を行い、どのようなプロセスで議論を進めるか――要するに「決め方」によって左右されるのだということを、この二つの事例は示唆しています。

出典:同書

つまり、リーダの仕事は「自分がチームをリードする」のではなく「チームの運営方針を決める」ということです。

私もチームを束ねる立場にありますが、「自分は透明な器だ」と考えています。

できる限り器を広げ、自分の色を消します。

あくまで私にコントロールできる範囲でスタッフに自由と権限を与えます。

私が全面に出てしまえば、スタッフの存在意味が無くなってしまいます。

できる限り器を広げることで、隙間が生まれます。スタッフにその隙間を埋めてもらいます

自分の色を消すことで、スタッフのカラーが全面に出ます。あくまで主役はスタッフです。私の色に染まる必要はありません。

そういう意識を持つようになってから、チーム運営が楽になりました。

まとめ

今日はJ・F・ケネディの組織作りを例として、「イノベーティブな組織の作り方」についてご紹介しました。

リーダーとしてチームを作る際のポイントは次の3点です。

  • リーダーの仕事は「組織をリードすること」ではなく、「組織の運営方針を決めること」である
  • リーダーの仕事は「自由に発言し、互いの意見を批判できる雰囲気を組織内に作ること」である
  • リーダーの仕事は「数ある意見を選択し、その責任を取ること」である

極論ですが、この点さえ抑えていれば、会議に参加する必要すらありません。

「君たちが自由に決めてくれ。俺が全て責任を取る」というスタンスでやればいいのです。

今日は非常に長い記事になりました。

最終日の明日は「イノベーション起こすリーダーになる方法」についてご紹介します。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

みなさんの世界が、また少し美しくなりますように。

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