資本主義の問題点を知ろう!~『人生格差はこれで決まる 働き方の損益分岐点』木暮太一 著➀~

本の紹介

おはようございます。あっぺいです。

GWをゆっくりとお過ごしでしょうか?休日返上でお仕事をされている方もいらっしゃるでしょう。お疲れさまです。

今日ご紹介する本は、働き方に関する本です。

木暮太一さんの『人生格差はこれで決まる 働き方の損益分岐点』についてまとめてみたいと思います。今回もかなり有益な内容となっていたため、3回に分けてご紹介します。

1日目の今日は、「資本主義の問題点」と「成長することのデメリット」についてご紹介します。

資本主義の問題点

資本主義経済においては、企業が利益を上げなければ、そこで働く労働者も生きてはいけません。企業が利益を上げることは、労働者にとっても必須課題です。 そして、より多くの利益を上げられるように、労働者は日々努力をし続けます。多くの場合、技術革新は、企業の株主ではなく、現場で働く労働者の手によってなされます。 ところが、まさにその努力の結果、皮肉なことに、自分たちの「労働力の価値」は減っていくのです。

出典:人生格差はこれで決まる 働き方の損益分岐点』木暮太一 著

資本主義にというシステムの中で生きる以上、労働者は努力によって報われることはありません。

資本主義の前提が「資本家が企業に投資し、その利潤を受け取る」ためのものだからです。資本主義において主役は資本家で。資本を持っている彼らがよりいっそう資本を増やすためのシステムが資本主義なのです。労働者はそのための手段でしかありません。

資本を持っていない労働者は、自分の時間と労働力を企業に提供し、その見返りに賃金を受け取ることしかてできません。

そして、資本主義においては競争が起こります。A社とB社という会社があったとします。同じ価値の商品を消費者に提供することができれば、この会社は両方とも永続的に会社と続けることができます。

しかし、A社とB社は互いに自社製品を消費者に買ってもらおうと企業努力をします。そうしないと成長できないからです。繰り返しますが、資本主義においては企業に投資した資本家が優先されます。彼らの目的は「資本を増加させること」にあります。成長がなければいつまでたっても投資した資本は利潤として還元されません。

A社とB社は、互いに切磋琢磨してより良い商品をより安く消費者に提供することで差別化を図ろうとします。そして多くの場合、A社かB社のどちらかが潰れ、残った方が市場を独占します。そのうちに新しいアイデアを持ったC社が生まれ、また競争にが始まります。

このようにして消費者のニーズが反映された商品が市場に出回ります。この競争原理があったから、携帯電話はスマートフォンへと姿を変え、さらにスマートフォンの機能も向上を続けているのです。全ては資本家がより大きな利益を得るためです。

しかし、企業の中で働く労働者にはどんな見返りがあったのでしょうか。

もちろん、努力の成果によって企業内での待遇が変化します。資本家が受け取るリターンに比べれば微々たるものですが、優れた商品を開発するアイデアを出したり、他の人より優れた仕事をしたり、また誰もが嫌がる仕事をしたりする人にはその分多く給与が支払われます。

この給与の増加を求め、労働者は同じ企業内で競争します。

企業は企業と大きな市場の中で競争し、労働者は同じ労働者と企業内で競争します。

この競争によって資本主義は回っているのです。

しかし、この競争は労働者や企業を幸せにしているのでしょうか。

ここで一つに例え話が挿入されます。

競争の結果に得られるもの

生存競争が激しい熱帯雨林に生息している樹木は、どの木も、隣の木よりも多くの光を得ようと上へ上へと伸びる。 ところが、それでは「影」に隠れてしまう木が出てくる。その影に隠れた木々は、太陽の光を得ようと、他の木と同じ高さまで伸びようとする。もしくは、いちばん高く伸びて、光を独り占めしようとする。 すべての木が同様のことを考えているため、熱帯雨林の木々は非常に背が高い。 ところが、ふとその熱帯雨林を俯瞰して全体を見渡してみると、光を得ているのは最上部の葉っぱだけだということに気がつく。一生懸命背伸びして、高いところにたどり着こうとしているが、日が当たっているのはごく一部なのである。 そして、より大事なことは、すべての木の背が低くても「各樹木が得られる光の量は同じ」ということです。

出典:同書

競争し続けるこが求めらる、という視点で見れば企業も労働者も同じです。

競争を義務づけられた資本主義社会においては、企業も労働者も自分が他より優位に立とう努力します。しかし、結局のところ、努力に見合った見返りを得ることができません。熱帯雨林でどれだけ樹木が努力したところで、太陽の光量は変化しません。同様に資本主義社会においてどれだけ企業が努力したところで、消費者の数が増える訳ではありません。もちろん、まだ市場として未成熟な新興国などを開発してそこに市場を作ることもできますが、かなりの労力とコストと時間がかかります。

むしろ、努力に見合った見返りを得るどころか、頑張れば頑張るほど、自分たちが苦しくなるという現象が起こります。

ほとんどの人は、より多くの光を得るために「他人よりも上」に行こうとします。ところが、他人も同じことを考えており、みんなとりあえず上を目指して生きています。 その結果、熱帯雨林の木々と同じように、最終的に得られるものは「競い合う前となんら変わらない」という状況に陥っているのです。 なんとも皮肉な結果です。 では、競い合う前とまったく同じ状況なのかというと、そうではありません。 熱帯雨林の例でいえば、木々が太陽の光を求めて競い合った結果、「得られるもの(光の量)」は競い合う前と変わりません。 では、何が変わったのか? そう、競い合う前に比べて、幹が異常に長くなってしまっているのです。 その大きく伸びた幹を維持するためには、より大きなエネルギーを必要とします。 熱帯雨林の木々と同じように、わたしたちもやみくもに「他人よりも上」を目指すと、得られる「光の量」は変わらない一方で、競い合うだけ体力や気力、そして時間を失います。他人と競い合う過程でエネルギーを消耗し、ストレスを受け、 疲弊していくのです。

出典:同書

企業同士、労働者同士で競争をしなければ、労力も努力も必要になりません。

熱帯雨林の例えでいうなら、樹木が背を伸ばさないようにすればいいのです。そうすればみんなが幸せでいられます。競争を奨励する資本主義に対し、社会主義という概念がこの考え方です。

しかし、社会主義を採用した国は全て崩壊しています。

それは競争がないことで経済が成長しなかったからです。

簡単なことです。利潤を投資家に還元せず、労働者に再分配するのが社会主義です。がんばってもがんばらなくても同じ給与(リターン)が得られるなら、労働者はがんばることをやめてしまいます。

そうすると、消費者が望むものを作りだそうという意欲すら生まれません。

何より重要なのは、他国が資本主義を採用した場合に国力に差がどんどん広がるという点です。

仮に自国が社会主義を採用したとしても、他国が資本主義を採用していれば、利潤を目的とした資本主義の国の技術は発展し続け、その分経済的にも豊かになっていきます。資本主義の他国に憧れて亡命する国民も出てきます。

長々と書いてきましたが、結果として現在はどの国でも資本主義を採用せざるを得ない状況であり、企業も労働者も競争を続けることが求められています。

暗い話ですね…

まとめ

簡単に今日の内容をまとめます。

  • 資本主義社会は資本家の利潤の増加を優先するようデザインされている
  • 企業と労働者は投資家の利潤を最大化するために競争を強いられる

文字にしてみるとウンザリしますね…

しかし、まず現状を正しく理解する必要があります。資本主義社会において、我々労働者はあくまでも資本家の利潤を増やすための手段でしかないという自覚を持つことがスタートラインです。

この認識を正しく持つことで、「では、そこで我々にできることは何か」を考えることができます。

次回以降に「資本主義に生きる我々が疲弊せずに生きる考え方」をご紹介します。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

みなさんの世界が、また少し美しくなりますように。

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