労働時間を短くしよう!~『NHK 100分 de 名著 カール・マルクス『資本論』②~

本の紹介

おはようございます。あっぺいです。

今週も『NHK 100分 de 名著 カール・マルクス「資本論」』についてご紹介します。

先週は、マルクスと彼の著作『資本論』の簡単な紹介と、テレビ放送第1回分について簡単にまとめました。

2週目の今日はテレビ放送第2回分です。特に「労働時間削減の重要性」についてまとめていきます。

そもそも資本主義の「資本」とは何か

前回私は 「資本=別の何かと交換可能な価値(お金)」 と説明しました。

もちろんそういう側面もありますが、マルクスは「資本=運動」と説明しています。

例えば、靴づくりで成功して二〇〇〇万円を手にした資本家は、これを「三〇〇〇万円にしたい」、三〇〇〇万円になったら「四〇〇〇万円にしよう」と考えます。四〇〇〇万円になっても、さらにはたとえ一生かかっても使い切れないほど儲けたとしても「もっと!」と思ってしまう。「それだから、資本の運動には限度がない」とマルクスはいうのです。

出典:『NHK 100分 de 名著 カール・マルクス「資本論」』

前回もアマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏を例に説明しました。お金は数字であり、物体ではありません。それゆえにどれだけ手に入れて飽きることがありません。資本主義の目的が「資本の最大化」である以上、資本は止まることなく動き続けるのです。この側面を指してマルクスは 「資本=運動」 と考えています。

労働力とは何か

「労働力」とは、労働する能力です。 労働者と資本家の間で等価で売買されているのは、この「労働力」。(中略)ここで重要なのは、 資本家は「労働が生み出す価値」を労働者から買っているのではなく、「労働力という商品の価値」に賃金を支払っているということです。(中略)労働力は、人間が持っている能力で、本来は「富」の一つです。労働力という富を使って、本当なら生活をもっと豊かにしたり、夢を実現したり、社会に役立てたり、働く人に幸福感や充実感をもたらしてくれるような活かし方ができるはずです。 ところが、資本主義は、この労働力という「富」を「商品」に閉じ込めてしまう。(中略)労働力という富が商品に閉じ込められてしまうことで、人間が持つ能力の発展は阻害されてしまうのです。

出典:同書

「労働力」とは、労働者が資本家に提供できる「労働する力」を指します。その見返りに資本家は労働者に賃金を支払います。

労働によって生産される商品の中に価値を閉じ込めてしまうことで、資本家は労働者の人間性を配慮しなくなります。労働者がどれだけ多くの商品を作ることができるのかだけに意識が向くのです。

労働者自身もまた自分の労働力の価値を「いかに多くの商品を作るか」という側面でしか見なくなります。

その結果引き起こされるのが「労働と生活の転倒」です。本来であれば生活のために労働をしていた労働者が、自分の労働力を最大化するために生活を犠牲にしていくこととなります。

日本においては過労死も根深い社会問題となっています。2015年にも電通で新入社員の女性が過労自殺することがありました。彼女は1日の睡眠時間が2時間だったと言われています。

しかし、なぜ資本主義社会においてはこのように「生活のための労働」から「労働のための生活」に手段と目的が転倒してしまうのでしょうか。

生きていく手段を持たない労働者

資本主義社会において、労働者は二重の意味で「自由」だとマルクスはいいます。一つは、奴隷のように鎖につながれて強制労働させられているわけではないという意味での「自由」です。士農工商やカーストのような身分制もない社会では、好きな仕事に就くことができるのです。 しかし、奴隷や身分制のような不自由から解放された私たちは、同時に生産手段からも「自由(フリー)」になってしまいました。〝生産手段フリー〟とは、生きていくために必要なものを生産する手立てを持たないということを指します。ここでいう〝フリー〟という単語は束縛されていないという意味ではなく、何かが「ない」という意味、例えばカフェインフリーなどの意味と同じように使われています。(中略)労働者を突き動かしているのは、「仕事を失ったら生活できなくなる」という恐怖よりも、「自分で選んで、自発的に働いているのだ」という自負なのです。だからこその「職務をまっとうしなくては」という責任感が生じてきます。実際、就活の面接で、「なんでもやります!」と自分の自由を進んで手放した経験のある人は多いのではないでしょうか。最低限の生活は保証されながらも、いやいや働かされている奴隷との違いは明らかでしょう。

出典:同書

近代国家が誕生し、封建制度がなくなったことで我々は自由を得ました。

いかし、自由になった反面、安定も失ってしまいました。

かつては親が武士であれば子も武士であり、親が農民であれば子も農民になりました。

生まれながらに、自分がどのような仕事につくのかが決まっていました。

身分によって職業が制限されなくなった反面、我々は自分の力で仕事を探さないといけなくなりました。

「好きな仕事ができる」という風に捉えることもできれば「自分で仕事を探さないといけない」と考えることもできます。

結果、労働力を資本家に提供するしか選択肢のない人間は労働者になるしかありません。しかし、それは奴隷のように強制されたのではなく、自分の意思で労働者になることを選んだ結果なのです。

だからこそ、労働者には自負が生まれます。「自分の意思で仕事を選んだ」という自負が仕事に対する責任感を生みます。

この状態で「仕事がつらい、いやだ」と誰かに訴えても「嫌だったら辞めればいい。自分で選んだ仕事なのだから」と返されるでしょう。しかしここには「仕事をしないと生きていきない」という大前提が抜けています。

労働時間を短縮することで人生を取り戻す

労働力を売るのは労働者の「自発」的行為ですが、労働は「強制」的なものです。強制的である労働を短縮・制限し、労働以外の自由時間を確保していくべきだとマルクスは『資本論』のなかで繰り返し主張しています。 マルクスが労働日の短縮を重視したのは、それが「富」を取り戻すことに直結するからです。 日々の豊かな暮らしという「富」を守るには、自分たちの労働力を「商品」にしない、あるいは自分が持っている労働力のうち「商品」として売る領域を制限していかなければいけない。そのために一番手っ取り早く、かつ効果的なのが、賃上げではなく「労働日の制限」だというわけです(もちろん、労働日を短縮して給料が下がったら意味がないので、時給でみれば、賃上げを伴う時短になるわけです。

出典:同書

繰り返しますが、労働はあくまで生活の手段です。

生活が労働の手段になってはいけません。

豊かな人生を送るためには、自分が自由になれる時間を確保することです。

会社なんて他人がお金もうけのために作った箱にすぎません。他人にお金儲けをさせるために自分の人生を犠牲にするなんて馬鹿らしいです。以下に記事でもご紹介しています。

もちろん、世の中では「働き方改革」が大きな流れとしてあります。

フィンランドではサンナ・マリン首相が2019年に「週休3日、1日6時間労働」を目標としていますし、ドイツでも2020年に産業別労働組合のIGメタルが週休3日を提案しました。

日本では大きな動きはまだありませんが、「ブラック企業」が批判されるような風潮ができたことは喜ばしいことでしょう。

まとめ

本日の内容を簡単にまとめます。

  • 資本には「それ自体を拡大するための運動」という側面がある。それゆえに資本家は飽きることなく資本を拡大し続ける。
  • 労働者は労働力を商品を介して資本家に提供している。労働者は自発的に労働力を提供しているため、過度な労働も自己責任で片付けられてしまう。
  • 労働はあくまで生活の手段である。よって、労働のために生活を犠牲にするような状態は改善されなくてはいけない。

何がすごいって、今から150年以上前にマルクスは資本主義の本質を見抜いていたわけです。しかし、結局のところ社会主義や共産主義は失敗し、現在もマルクスが指摘する資本主義の問題が解決されずに残っています。

ただ、人類は長い歴史をかけて自らをアップデートしてきました。いつか過労死なんて言葉がなくなる日が来て欲しいものです。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

みなさんの世界が、また少し美しくなりますように。

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